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混声合唱とピアノのための寓話

夜明けの街

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夜明けの街

街道を外れた緑の丘陵地帯
風に乗り身をそよがす広い草原の中
浮かぶようにその街はあった

旅人から旅人へ伝えられた
この街が湛える物語
はるか遠く昔に
この街は朝をなくした

高い城壁に囲まれた
その街の確かな名前を
今はもう誰も覚えていない
街に住む人も 旅人も
その街をただ「夜明けの街」と呼んでいた

旅人

 昔、一度だけ、父さんに連れられてこの街にやって来た事がある。もう二十年も前の話だ。子供時分の記憶だが、今でもうっすらと思い出す。一日中、夜の闇と原色の喧噪に覆われた街。熱く活気に満ちたその街は、きらきら輝く宝箱のように、幼い僕の目にまぶしく映った。目抜き通りを照らす、店の灯りはやさしく―

  (白む空に朝を思い
   駆け寄った窓の外
   背伸びをしても
   光は見えない

   静かに息を止めたように
   仰ぎ倒れた空は
   明るさを失い
   また夜闇に飲まれる)

―終業の鐘が鳴り渡り、目抜き通りは工場帰りの男たちや連れ立った女たちで賑わいだす。通りに面したどの店からも、陽気な笑い声と音楽が絶えない。二十年前と変わらない街の光景だ。

 僕がここ数日行きつけている店は、労働者がよく集まる歓楽街の一角にあった。そろそろ馴染みの連中が来るころだ。カウンターで店主と世間話をしている間に、だいぶとお客さんが増えた。今月の納期がどうだの、この間別れた女がどうだの、隣の工場の新人がどうだの…それぞれのテーブルに話題が尽きるはことない。
 この街の人々は殊更に明るい。闊達な気質とでも言うのだろうか、皆おおらかだ。年中のっぺりとした暗闇に包まれているわりには、退廃的で陰鬱なイメージはこの街のどこにも見当たらない。人々は己の仕事に誇りをもっていた。始業の鐘から終業の鐘まできっかし、汗をかいて働く。一日の終わりには仲間たちと、家族と、今日の労働を互いにねぎらいあう。
 街から出て行く人が少ないというのも頷ける。ここには、幸福な生活があった。慎ましくも幸せな日々だ。この街にさえいれば、その機会は存分に与えられる。この閉ざされた城壁の中で。

 ただ、朝だけが来ないのだ。いくら待っても日を重ねても、果たして朝が来ることはない。街の人にとってみれば、それはどうだっていいことなのかもしれない。朝が来ようが来まいが、彼らの生活には、何ら関係のないことなのだから。だが、それが僕には、なんだか妙に思えてならないのだ。

  (暗い路地に火花は踊り
   いくつもの煙突が
   夜空に赤く
   燦然と立ち尽くす

   その足元で
   明けない夜は
   美しく恐ろしい夜明けの繻子を
   一瞬翻して笑う)

 遠くで鐘が鳴っている。また、一日がはじまろうとしていた。眠たい目をこすりながら、僕は窓の外を見やった。空が円い。街に蓋をするように広がる空は、じょじょに白みはじめていた。また始まる今日の日に、こうして朝は来ないのだ。

Vefles Degnikes

<大意>
約束をしましょう
私たちが五番目に尊いと思うものを
あなたへ捧げることを
そしてあなたはもたらすでしょう
私たちに限りない
繁栄と安寧の礎を

この一面の緑の中に
あなたによって治むる
永遠の王国は栄え
あまねく大地を照らす灯が
私たちを導くでしょう

讃うべきはあなたの威光
この世に夜明けをもたらさんとする
大いなる力のもとにこそ

少年

<かつて少年だった>

裏通りの小さな古書屋
そこで出会った少年は
まだ見たことのない
街の外の世界に憧れていた

揺れるランタンの灯りの下
僕は少年と話しながら
今までの旅のことを
ひとつひとつ思い出していた

――あれはどんな歌だったか
飲みほしたグラスの向こう
父さんは僕に背を向け
壇上の歌い手を見つめていた

(降り積もっていく新しい景色は
どこまでも広がるつぎはぎだらけの地図

次々に切り替わっていくどんなスライドも
僕は忘れたくなかった
だけど――)


<少年は、夢みていた>

(さよならを言おう
たくさんの不条理に、明けることのない朝に、置き忘れた昨日の歌に。
バラードを歌っていた彼女はもういないし、
氷のすっかり融けてしまったスコッチももうない、
描きかけで切り取った粗描もなくなった。

夜を越えて、辿りつく朝に寄せて。

繁栄と栄華の城壁は高く歌う。
その歌声を止める手だては、年老いた隠者の杖か、
叫び立つ群衆の旗か、愚かな僕の失墜か)

嘲笑う背中の影がやさしく僕を抱き寄せる
それを振り切れたのならば
僕は遠くへ行けるのだろうか

裏通りの小さな古書屋
そこで出会った旅人が聞かせてくれた
たくさんの景色を僕は探しに行くんだ

出立の朝

始日の鐘が鳴ると
街は一瞬静かになる
その隙間を縫うように
僕たちは街を出た

城壁の向こうには
さざめく緑の草原
遠く見渡した空に
明けの星が輝く

白む空は
星を吸い上げ
遠い地平に返す
歩き出した僕の昨日も
雲に 風に
押し流されていく

初めて見る夜明けに
少年は何を思うだろう

離れていく城壁は
赤く照らされていた